藤枝明誠Aチーム

1 GK 江原 陽祐
2 FP 山崎 修也
3 FP 青嶋 航
4 FP 後藤 夏来
5 FP 宇野 弘希
6 FP 伊藤 大樹
7 FP 島田 京介
8 FP 中島 翔太
9 FP 薗田 将大
10 FP 櫻井 優矢
11 FP 飯塚 恒稀
12 GK 井原 涼太
13 FP 澤口 太輔
14 FP 小林 遥
15 FP 丹羽 貴裕
16 FP 池田 智紀
17 FP 牧野 未来
18 FP 田中 兵磨
19 FP 野木 航輔
20 FP 松下 良香
21 GK 八木 大貴
22 FP 原川 宏司
23 FP 杉山 航平





藤枝明誠Bチーム

1 GK 鈴木 章浩
2 FP 池谷 良介
3 FP 永井 克尚
4 FP 木田 竜太郎
5 FP 川本 拓弥
6 FP 横山 智則
7 FP 原  郁弥
8 FP 長田 誠矢
9 FP 佐野 元哉
10 FP 瀬戸尾勇人
11 FP 村田 航
12 GK 東原 洋規
13 FP 若林 拓也
14 FP 興津 泰稔
15 FP 磯村 直樹
16 FP 永井 将太
17 FP 高山 幸佑
18 FP 粟倉 健太
19 FP 八木 一成
20 FP 柳本 将大
21 GK 本杉 徳輝



平成25年度第18回スルガカップ争奪静岡県サッカー選手権大会
兼 第93回天皇杯全日本サッカー選手権大会 静岡県予選



5月26日(日) 藤枝明誠A 0ー2 イカイFC 藤枝明誠G 10:00
藤枝明誠B 8ー0 FC・WAVE 藤枝明誠G 12:00
6月2日(日) 藤枝明誠B 0-2 VOLARE FC浜松 藤枝明誠G 10:00













   引退選手の思いで



小林遥
 今の思いは、と聞かれれば、「しんどかったけど、その分の達成感を感じている」といった決まり文句が答だ。他のものを考えると、変に細かく・長くなってしまうので此処では控える。
 自分は小2からサッカーを始め、今回のスルガカップまで大体10年と3ヶ月。よく“終わってしまえばあっという間”と言うが、自分はそうは思わない。
 本当に、本当に長かった。
 始めの頃は、何をやっても上手くいかず、何でこんなのやってるのか、とさえ思うことも多々あった。しかしそこは小心者で気の弱い自分、親にそんなことを言うなんてもってのほかだった。
 そんな折、いつだったか忘れたが、試合で初ゴールを決めた。味方のシュートがポストに当たり、自分の前に来た所を押し込んだ。威力も無ければ精度もヘったくれも無いボテボテのボールが、誰も居ないゴールに転がり込んだ。他は覚えていない。
いつの、どういった試合で、前半か後半か、何分位か、ポジションはどこだったか。そのゴール以外は綺麗さっぱり忘れ去っている。    只々、嬉しかった。
 自分は、頻繁に点を取れる人間ではない。だからこそ、只の1点に純粋に喜ぶ事が出来た。
恐らく、自分が引き付けられたのはそれだろう。
小・中では、ただ1点を取りたかっただけだったが、高校に入ると“どうしたら取れるか”といった具体的に考え始めた(考えれば、いや考えなくても遅いなぁ)それに加え、自分を変える為に入部したこともあってか否か、上へ上がりたいという気持ちも生まれた。
しかし、最後までトップに入ることは出来なかった。
 それでも、今までとはまるで違う、質の高い、内容の濃い練習。
ハイレベルな周りの選手、スタッフ陣。この中で過ごせば、自然と毎日を充実させることが出来た(キツかったけど)。だからこそ、冒頭の言葉が率直な感想となった。
 長々と書いてきたが、最後にもう少し。この部に入ってから、よく“感謝”について説かれてきた。人工芝のピッチ、豊富な用具。先述したレベルの高い仲間・先輩・後輩・トレーナー・コーチ・監督。そして何より、ここまで支えてくれた両親。自分に関わって下さった全ての物や人に、この場を借りて感謝を表し、筆を置くことにする。
 楽しい時を、思い出を、素晴らしい仲間を、本当にありがとうございました。


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櫻井 優矢

僕は「全国出場」を目標に藤枝明誠に入学しました。
富士宮から親元を離れて寮生活するということを決めるには少し時間がかかりましたが、それでも両親が背中を押してくれたお蔭もあり、三年間頑張ろうという思いで藤枝に来ました。
入学当初から学校生活でもあまり困ることなく生活できたのは、今思えば寮の仲間の存在が大きかったと思います。
寮の方でも全然わからないことだらけで大変なこともあったけど、仲間がいてくれたから楽しく毎日を過ごしていくことができました。
サッカー部では、あまりの人数の多さに驚きましたがこの中で頑張っていくんだと思うとこれからが楽しみでした。
サッカー部でのこの二年間はほんとに一日一日が充実していて楽しいことも辛いこともたくさんあったけど、周りのたくさんの仲間のお蔭でどんなことでも乗り越えてくことができました。
一年生の秋に肩を脱臼してから二年生の夏に完治して復帰するまでは手術などもあり僕が今まで生きてきた中で一番大変な時期でした。
そんなときも両親やチームメイト、周りの人たちの支えがあったから怪我をしていた時期もあっという間に過ぎていきました。復帰してからはサッカー、勉強にほとんどの時間を費やすという日々でした。
二年生が終わり三年生になろうとしている時、僕は少しずつ引退ということを考え始めていました。
自分と向き合いそして両親にも自分の気持ちを話して、最終的には引退することに決めました。
サッカーへの後悔と聞かれたらないとは言い切れないけどそれでも自分の中では勉強を頑張りたいという気持ちもあり監督の言葉などもあったお蔭で勉強に切り替えようという気持ちに入ることができました。
僕はこれからの高校生活を目標達成のため勉強の方を頑張ります。
辛いこともあると思うけど、そんなときはこのサッカーで学んできたことを生かして絶対に最後まで諦めないで頑張りたいと思います。
藤枝明誠サッカー部としてプレーできてほんとに良かったです。

・・・・・・・
鈴木 章浩

スルガカップ2回戦ボラーレFC浜松に0対2で負けが決まった時、もうみんなと一緒にサッカーが出来なくなるのかと思うと本当に悔しくて悲しくて涙が止まりませんでした。
そんな自分に「今までありがとう、試合がんばったな。」と声をかけてくれたチームのみんなには本当に感謝しています。
今思うとこの藤枝明誠サッカー部に入部した高校一年生から高校三年生のスルガカップまでの二年弱の期間、日々の練習や試合、試合応援や運営、遠征、オランダ修学旅行など、思い出に残っていることばかりですが、本当にあっという間のものでした。
苦しい時や辛いことも、この五十八人だったから乗り越えることが出来たと思います。
この五十八人のみんなと藤枝明誠サッカー部として過ごすことが出来て本当によかったと思います。
これから僕は、サッカー部を引退して受験勉強をしますが、サッカーを続けていく人達が全力で練習や試合をする分、自分は全力で勉強をして、自分の志望校に行けるように努力していこうと思います。
最後に、今まで指導してくださったコーチや監督、毎日送り迎えをして自分を支えてくれた両親、チームのみんな、本当にありがとうございました。
この感謝の気持ちを常に忘れずに自分も日々成長できるよう努力していきます。

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江原陽祐

一年の当初は、プレイヤーとして人間としても未熟でした。
その僕を変えてくれたのはコーチ陣と仲間達だと想ってます。
一年の頃は、僕は誰よりも下手すぎてミスばかりして、皆に迷惑をかけてしまいました。でも、そのミスを皆がカバーしてくれたお陰で今の自分があります。
だから、その恩返しが少しでも出来たらいいなぁと思って、皆が使う部室を過ごしやすくしようと掃除をやってきました。
恩返しだけでなく人間面でもちょっとは良くなったんじゃないか、と思いました。
日常生活をしっかりするように心掛け、サッカーも1日1日大切に練習しました。
サッカーでは、GKが九人いた中で僕は1番ヘタクソでした。皆に追い付きたくて、毎日の練習を気持ちを込めて頑張りました。
そうやっていくうちにあっという間に三年になってしまいました。
そして、最後の大会SURUGAカップを迎えてしまいました。
でも、初戦敗退で終わってしまいました。
涙が止まらず、悔しくて悔しくて泣き続けました。もう皆と楽しいことや辛い事も一緒に出来ないと思うととても寂しかったです。
でも、僕はこの仲間と春夏秋冬と毎日サッカーが出来た事に幸せと誇りを感じます。
そして、九人という多いGK の中、切磋琢磨してできた事や、皆と一緒に試合出来た事は僕の胸の中にずっと思い出として残っています。
そして、今、率直に伝えたい。毎日大変な思いをしてやりくりしてくれた両親、熱心に指導をしてくれたコーチ陣、僕を支えてくれた仲間、皆に伝えたい・・・『ありがとう』を。

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井原涼太

今思い返してみると、
明誠サッカー部員になれた事にとても幸せを感じています。
たくさんのボール、人工芝、一人一つのロッカー、部室、という施設に恵まれていました。
中体連から上がった自分は不安と希望を抱きながら、サッカー部に入りました。
初めはサッカーをできる事が楽しく、自分の上達を目指し練習していた自分がありました。
でも3ヶ月後、ケガに悩まされ思うように練習出来ず、そこから今まで手術も経験しましたし、ほとんど練習に参加出来ず、二年半のほとんどケガ人(ホペイロ)として、サポートとしてみんなと接していました。
でも数少ないがみんなと一緒にプレーしたサッカーは今でも頭の中によみがえってきますし、とても楽しかったです。
オランダでのレッケルケルク戦での残り10分の出場、結果は1対0の勝利でのみんなでのカチロコ。
少ししかピッチに立てなかったけど、一緒に勝利をつかめた事に喜びを感じています。
そして引退試合となったスルガカップ。
藤枝明誠Aの12番として登録して頂いた時はとても嬉しかったです。
たった一週間みんなと練習し、ベンチに入って試合を迎えました。
交代枠5枚しかないのに自分を出してくれたコーチ、そしてチームのみんなには申し訳ないと思いましたし、感謝をしています。
結果は初戦負けの0−2でした。あの時は涙が止まりませんでした。
自分に対しての悔しさ、二年半の情けなさからでした。
そんな自分に対して「ナイスキーパー」の声をかけてくれたチームメイト、「お疲れ様、ありがとう」といってくれた中村さん。
とても嬉しく、感謝しきれない気持ちで涙がますます出てきてしまいました。
でも良い思い出を作ることが出来たと思います。
この二年半は感謝してもしきれないほど助けられました。
今は東京国際でGKコーチをしている阿部コーチ。
いつも朝自分のリハビリを手伝っていただきました。
いつも、ケガして迷惑をかけている自分に対してもきちんと練習していただき助かりました。
またチームメイト、GKのみんなにはとくに迷惑をかけました。
迷惑かけてばっかの自分に対してみんな気を使ってボールをけってくれたり、接してくれました。
ここには書ききれない程感謝しきれないことばかりです。
両親、スタッフにも感謝しきれません。
でもこの二年半でいろいろな経験も出来ましたし、審判という新たな道もひらくことができました。
今後は勉強しながら、サポートという形で、関わり、大学進学し、将来はコーチになりたいと思っています。
この明誠サッカー部で学んだ事を生かし、立派な人間になりたいと思います。
サッカー部の部員であったことに幸せをかんじています。
ありがとうございました。

・・・・・・・・・
粟倉 健太

 僕は、この明誠サッカー部に、特待生として入りました。
だけど、Aチームにはなかなか上がれず、いい調子で行くと、いつも怪我ばかりでした。
本当にサッカーをやめたいと思ったり、なんでこんな高いお金払ってまで
この高校に入ったのかなとか考えることがよくありました。
ですが、今引退して思い返してみると、サッカー続けててよかった、この五十八人の部員たちとやれてよかったとすごい思います。
自分が一年の時、先輩は、エコパで清商に準決勝で負けてしまいました。
その時僕は、Aチームに入って、エコパで試合がしたいと思いました。
そして昨年、先輩は、決勝まで行き、橘に負けてしまいました。
その時僕は、試合に出て、全国に行ってやると思いました。
そして今年、新人戦、プリンスのメンバーには入れませんでした。
本当に悔しかったけど、自分の力不足なのでしょうがないと思い、Aチームのサポートをしながら、Cリーグの方のメンバーに入れたので、本気で頑張りました。
Cリーグの前にあったKJ杯という大会では、全然ダメでチームのみんなに迷惑ばかりかけてしまいました。
Cリーグは、アカデミーのBと試合をして、負けてしまったけど、自分の中では、一番心に残った試合でした。
そして、また怪我をしてしまいました。
しかも治りが遅い怪我で、高校でサッカーが出来るか出来ないかわからないくらい長い怪我をしてしまいました。
本当に最悪でした。
そんな怪我をしてからすぐ、スルガカップが始まりました。
引退する前の最後の大会で、少しだけ出場するとなっていました。
その試合は、Aチームのみんなが応援してくれて、みんなとやれる最後の試合でした。
みんなのおかげで、試合に出れたし、点まで決めることができました。
本当にみんなには、感謝しています。最高の試合でした。
今年の明誠サッカー部は、まだ新人戦、プリンスリーグ、インターハイと何もいい結果を残すことができていません。
でもまだプリンスは優勝を狙うことができると思うし、選手権もあります。
僕たちの一番の武器である団結、チーム力を生かしてがんばってほしいです。
この明誠サッカー部に入部して、最高のスタッフ、最高の先輩、後輩、最高の仲間と共にサッカーできたことは、一生の宝であり、最高の思い出です。
今年は、エコパ止まりではなく、国立まで応援に行きたいです。
本当にありがとうございました。

・・・・・
東原 洋規

私は幼稚園から十年以上もサッカーをやってきました。
その中でも一番楽しかったのは、やっぱり高校サツカーでした。
戦術・プレーの質・スピードどれも中学の時とは一味違って、一つ一つがあたらしい発見の日々でした。
今思い返すと一年生の時は先輩の遠征に付いて行き、ミスばかりで怒られサッカーが嫌いになる時も有りました。
そんな時は努力している仲間の姿を見て自分を奮い立たせて来ました。
やっぱり仲間の存在は高校サッカーで一番大事だと思います。
去年の六月に先輩達が「スルガカップ」で負けてしまい皆泣き崩れていたのを今でも覚えています。
自分はこうならないように一年間努力しようと思いました。そして、あっという間に一年が過ぎて、最後の試合になってしまいました。
結果は二戦目で負けてしまいましたが、不思議と涙は出ませんでした。
多分、自分の中に全く後悔が無かったからだと思います。
唯一の心残りは、今まで一番お世話になった大長さんともう一試合だけでもやりたかったということです。
本当は最後まで皆と一緒にサッカーがしたかった。
でも自分の将来を考えると、どうしてもこの決断になってしまいました。
今まで続けてきたサッカーをすこし辞める形になるけれど、サッカーを続けてこられたのは、親をはじめ、コーチ・仲間のお陰です。
本当にありがとうございました。
今まで生きてきた中で、最高な二年半でした。
これからは自分の将来の夢に向かって頑張ります。

・・・・・・・・・
中島 翔太
僕は今、自分を支えてくれた人たちに対する感謝の気持ちでいっぱいです。
一番の支えとなってくれてた家族、多くの面で切磋琢磨しあった仲間たち、進むべき道を示してくれた先輩方、ここまで育ててくれたコーチ陣。
僕の人生は文章には書ききれないほどの多くの人達に支えられて成り立っているのだと改めて思います。
明誠高校サッカー部としていられたこの時間は僕にとって本当に貴重かつ濃厚なものでした。
思い返してみれば「今の僕があるのはすべていつも支えてくれた仲間のおかげだ」といっても過言ではありません。
入部当初、中学からサッカーを始めた僕は高校のハイレベルなサッカーについて行けず、僕の歪んだ性格も相まって周囲の人たちをイライラさせたり迷惑をかけてばかりいました。
明誠はそんな半端物を切り捨てるのではなく受け入れ、多くの大切なことを気づかせてくれた仲間やコーチがいて本当にすばらしい環境だなと思います。
また、そんな仲間たちは僕が引退し勉強に専念することを決意した時も「がんばれよ」と声をかけてくれました。
これまで1人もかけずに全員が一丸となって戦うことを念頭に掲げてきた明誠サッカー部において人がかけることは少なからずプラスには働きません。
自分も苦しいはずなのにがんばれよといってくれる仲間をもてた自分は本当に幸せ者だと心から思います。
これからはそんな仲間たちに感謝するととも自分が今できうることに全力で取り組み、
何事にもできなさそうとか難しそうなどと考えるのではなく、自分を信じてまずやってみる、そしてあきらめずに努力し続けたいと思います。
サッカー部で過ごした期間に多くの人から、とても多くのことを教わりました。それを自分のものにしてこれからに役立てていけたらなと思います

・・・・・・・
後藤夏来
皆より早い時期の引退になってしまいまだ名残り惜しい気持ちもあるけれど自分の将来を考えての判断なので後悔はしていません
2年半前この藤枝明誠サッカー部に入部したときのことを思いだすと、今までが長かったようにも思えるし、だけど充実していてほんとに楽しい日々でした。
中学時代は藤枝東FCでサッカーをしていた影響もあって東校に進学してサッカーをしたいと考えていたけど今となっては藤枝東ではなくこの明誠にきてサッカーができたことはほんとうに良かったと思っているし明誠サッカー部であったことを誇りに思います
英数科にいたことで皆より練習に参加する時間が短くなってしまい1年の終わりには普通科に移ってサッカーだけに打ちこむことも考えたけど部活と勉強の両立をやり遂げたかったので残ることを決めました
明誠はいい意味で上下関係がそれほどなく先輩達はとても優しく迷惑ばかりかけてしまったけど1、2年時には本当にお世話になりました。
3年になりいよいよ自分達がチームの代表になりました。
自分は駿河CUPでの引退をその時にはもう決めていたので残りの期間を全力で取り組もうと思っていました。
プリンス、総体が近づくにつれて最後はAでプレーしたいという気持ちが強まっていきTRにも気が入りました。
結局プリンスには入れなかったけど総体のメンバーには入ることができたし、Aでやれたことは自分にとってプラスな経験になったと思います。
引退試合は駿河CUPのVSイカイFCでした。
正直いえば負ける試合ではなかったけれど点がとれず敗退となりました。
終わった直後はまだこれで終わりだという実感が湧かず泣くこともなかったけれどサッカーから離れて振り返ってみると ほんとに終わってしまったんだな、と寂しい気持ちにもなります。
1年の頃からの全ての思い出を書くととても書ききれない量になってしまうので書かないけれど韓国遠征やオランダ遠征、その他様々な大会、TRゲーム、そして日々のTRは今の自分の軌跡であってサッカーのプレーのみにならず人間としての成長をもたらしてくれたものだと思っています。
初めにも書いたけどこの明誠サッカー部という環境は本当に最高の環境でした
設備はもちろんだけど監督をはじめとする指導者はどの指導者も素晴らしく自分にサッカーだけでなく人として大事なことも教えてもらいました。
引退試合の時に指揮をとってくれた 中村コーチは、1年の頃からお世話になったコーチで怒られることもあったけどいつも自分達のことを真剣に考えてくれてる素晴らしいコーチでした
最後の引退試合で 中村コーチに指揮してもらって試合をやれたことは本当に嬉しくて思い出になりました
大長コーチは2年、3年の頃にお世話になりました。
大長コーチは本当にサッカーに賭けて打ちこむことを教えてくれたし考え方が他の指導者と違う所もあったけど明確でその時その時で何を自分がすべきなのかを学びました。
松本コーチは厳しかったけど誰に対してでもやることは変わらないという姿勢でピッチ内外のことで多くの事を学びました。
山本コーチにも短い間だけどサッカー以外の人間性の部分について学ばせてもらいました。
最後にこの明誠サッカー部の監督は本当に優れた素晴らしい監督だと思います。
サッカーに対する考え方や明誠の先輩達の築いてきた歴史にたいしての責任、そしてこの藤枝で明誠サッカー部に所属しているという事の意味をこの3年間で何度も教えられてきました
この素晴らしい指導者と本当に仲の良い最高のチームメイトと2年半の時間を過ごせた事は本当に幸せで自分にとって価値のあることだったと思います
今なら東校に行けず悔しい思いをしていた中学の頃の自分に対して自信をもってこの明誠サッカー部でサッカーができたことを誇れます。
今はプリンス、総体でも東校に勝つことはできてないけど、このチームなら必ず勝利することができると思っています。
選手権で東校を破り全国への切符を手にいれる時に一緒に応援できるように頑張って欲しいです。
最後になりますが、今までお世話になってきた指導者の方々、親を含む保護者の方々、そして一緒にプレーしてきた仲間に感謝したいです。

本当にありがとうございました







管理人

明誠サッカー部に所属しての二年半・・・楽しいこと・苦しいことを経験して、
           一回りも二回りも大きくなった皆さん・・・
最後まで一緒に選手権を目指したかったのに・・・・・・・引退・・・・・
                新たな戦いに一足早く立ち向かいます。
この思いを・・・・・残った選手諸君・・・・・・
              引退した人達の分以上に自分を磨き・・・・
     全 国 に 行 こ う

・・・・・・・・・・・・・この作文には・・・書ききれない思い出が他にもいっぱいあるでしょう
             何よりも明誠サッカー部の歴史は、みんなで築き上げてきたものです
                          残る人も・・・去る人も・・・
仲間

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